逆説の日本史7 中世王権編 太平記と南北朝の謎

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井沢 元彦

逆説の日本史7 中世王権編: 太平記と南北朝の謎 単行本 – 1999/9/10

 天皇になろうとした足利義満。足利義満が天皇になろうとしていたとは今までの私の歴史教育の記憶ではありませんでした。足利義満といえば金閣寺。高校の修学旅行でも行きました。金閣寺はもともと足利義満が政治を行う場所として作ろうとしていた役所の一部だということが書かれています。
 室町幕府は足利尊氏が尊皇的思想で作ったのかなと思ってましたが、なかなかそう単純ではないようです。でもなぜか南朝側の武士には明確な尊皇の人が多かったようですね。
 思えば小学校の時に楠木正成の伝記を読みました。それからなんとなく楠木正成はいいやつだなと思っています。そういう意味では尊皇思想を死ぬまで貫いた人なので、それなりに立派な人かなと思います。頑固者だったんでしょうね。その割には報われていない感じです。
 室町幕府というと最初は足利尊氏がバリバリでやり手の幕府だったのが代が変わるにつれて、足利義満のような野心家が出て、そのうち将軍の権威が落ちてきて戦国時代に突入すると言う意識でしたが、人間の営みというのはそう単純ではないようですね。今の世の中もそうだと思いますけど・・・・・・

逆説の日本史7 中世王権編: 太平記と南北朝の謎 単行本 – 1999/9/10

説明
金閣寺の奇妙な三層構造に隠された足利義満「天皇家乗っ取り」の陰謀を暴く

これまでの歴史認識における常識を覆し、日本史の新たな側面を次々と打ち出してきた、週刊ポスト連載中の人気シリーズ、待望の第7弾! 室町時代における数々の「謎」を解明しながら、既存の歴史書では見えてこなかった「歴史の真実」を提示する。 南北朝の壮絶な権力闘争を描いている“戦乱記”を、なぜ『太平記』と呼ぶのか? 「日本国王」となり、「天皇家乗っ取り」計画も成功目前まで進んでいた足利義満の急死は、天皇派による暗殺なのか? 鎌倉公方や比叡山を押さえ、室町幕府における最大領土を獲得した足利義教がこれまで評価されなかったのはなぜか? 2つの天皇家が激しい対立を繰り広げた南北朝の混乱期に、絶対権力の確立を目指した男たち――後醍醐天皇、足利尊氏、足利義満、足利義教――の生涯をつぶさに検証。「激動の時代」を迎えて迷走を続ける現代ニッポンに求められるリーダーの条件を、作家・井沢元彦が鋭い切り口で描き出す!

井沢 元彦
昭和29年、名古屋市生まれ。早大法学部卒。TBS入社後、報道局放送記者時代『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞受賞。その後退社し執筆活動に専念。歴史推理・ノンフィクションに独自の世界を開拓



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