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井沢 元彦

逆説の日本史 13 近世展開編江戸文化と鎖国の謎 単行本 – 2006/6/2
この章では徳川家康が作り上げた江戸時代の長期平和政権の礎について書かれています。
徳川家康がやったことは多岐にわたります。未来永劫に徳川の子孫が日本を支配することを志向しています。まずは、対抗勢力の排除と長期的な興隆を阻止する仕組み。具体的には大坂の陣や大名にやらせた大規模土木工事、大名の改易やとりつぶしです。これにより徳川家に弓するものを排除または遠方に追いやります。将軍職を事実上の世襲とし、御三家を創設し男系子孫がいない将軍の場合、御三家からの将軍就任を可能とし対応を万全とします。最終的には自己の神格化=東照大権現化で「神様なので俺のやったことは変えるな」です。
次に武断的な戦国時代の武士を事務的な官僚に変革することです。そのために儒学=朱子学を利用しました。刀や槍よりも朱子学の勉強を奨励し、勉強したものが管理職に昇進できる世の中をつくりました。宗教に関しては寺請け制度を作り、国民すべてが檀家になりました。これにより仏教側は収入源=檀家が固定され生活が安定したために、宗徒開拓や宗派間の戦争がなくなり現代の仏教のようになりました。牙を抜いたということですね。徳川家康は自身が一向一揆で死ぬ寸前までいった経験があるのに宗教弾圧はしていません。政教分離を貫き、一向一揆で一揆側に回った家臣を許して重用しています。キリスト教も迫害していません。それは徳川家光が徳川家康の死後、家康の真意を誤解して行ったもののようです。
靖国問題が説明に書いてありますが、主に死者に対する「儒学的価値観」と「日本的価値観」の違いによるものと著者は考えています。「儒学的価値観」では死んだら終わり=死んでも悪人は悪人、善人は善人。「日本的価値観」では死んだら霊になり、生前悪人だったか善人だったかとは別に悪霊、善霊になる。霊の違いは死に方が重要という感じです。所謂、無念な死に方をすると悪霊になって祟るというものです。日本的には「死んだら生前の罪はなしで、死んだ後も相手に無念なことをすると祟られる」という感じです。確かにそういう考え方はある気がします。なにも死者にムチ打たなくてもと思うのが日本人なので戦争犯罪者でも死んだら篤く弔いたい。一方「儒学的価値観」では悪人は死んでも悪人なので、死んだからといって篤く弔う必要なしです。実際に「儒学的価値観」では死者の墓を暴いて鞭を打ったりする例もあったようです。
過去とは明確ではないがそれをあーでもないこーでもないと考えるのが楽しいのは不思議なことです。
生産性は低いな。
逆説の日本史 13 近世展開編江戸文化と鎖国の謎 単行本 – 2006/6/2
説明
今回は、徳川幕府が展開していく過程と、戦国文化がどのように変遷していったかを取り上げます。 家康のやったことは、「戦国日本」を真の意味で「リストラ」することでした。今の日本では「リストラ=首切り」の意味になっていますが、本来の原語(restructuring)は、組織の事業内容を「再編成」することによって立て直すこと。家康はそれをやりました。改めて、家康が持っていた多面性、時代に即した面に光を当て、今まで見落とされていた新たな徳川家康像を提示し、その天才性がどこにあったのかを浮き彫りにします。そして、茶の湯や能、歌舞伎などの戦国文化が江戸時代、どのように変質していったかを考察。中国儒教についても取り上げ、靖国問題の背景についても分析します。
井沢 元彦
昭和29年、名古屋市生まれ。早大法学部卒。TBS入社後、報道局放送記者時代『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞受賞。その後退社し執筆活動に専念。歴史推理・ノンフィクションに独自の世界を開拓
