なぜうつ病の人が増えたのか

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冨高辰一郎

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書 と 1-1) 新書 – 2010/8/25

 この本を読む前と読んだ後で製薬会社に対する認識が大きく変わりました。ある一定の年齢以上の日本人ならおそらく誰もが感じていることが、製薬会社のキャンペーンやマーケティングの結果であることを指摘しています。感じていることはなにかというと「精神疾患の大衆化」です。
 私が子供のころは精神疾患は特別なもの、普通の人々とは別の世界ぐらいの印象でした。近くに精神科の大きめの病院がありましたが子供なので配慮もなく怖がっていました。現在はどうかというと「うつは病気なので治療すると治る。偏見をなくして早めの治療がおすすめ」的な感じの時代です。
 元々日本の精神科医療は重篤な疾患を対象として、隔離が必要であったり、強めの投薬が必要な状態を精神疾患としていたようです。それより軽微なものは「気質」や単なる「気分不良」とし、「病気ではない」ので治療はしませんでした。それで数か月以内に快方に向かう日本人が殆どで、重篤化した場合に「病気である」と認識されて、治療が始まる状態でした。そんなところが幼い私が「精神疾患は別世界」と思った要因と思われます。
 それがなぜ大衆化したかというと「患者が沢山いると儲かる」製薬会社がキャンペーンやマーケティングで患者を増やしたからです。
 これは、日本だけの現象ではありません。ほぼすべての先進国が経験していると言えます。うつ病の薬について他の先進国に比較して10年ほど遅れて認可された日本は、他の先進国が10年前に経験したことを同じようになぞっています。それは1999年ころのことです。
 そのころから「一人で悩まないで!」「うつは薬で直る!」「欧米では優秀なビジネスマンほど精神分析医に通う」というような広告・TV番組・ネットニュースが急速に拡大し「精神疾患の大衆化」が完了されました。
 もちろんTV番組の制作にお金を出しているのは製薬会社です。もちろんわかりずらい方法で。その結果1999年から2005年までのたった6年間で、日本のうつ病患者は2倍以上に激増しました。結果として「これだけストレスの多い社会でうつ病は正常な感覚を持った人にとっては当然のリスク。うつの傾向がないような人は鈍感。」くらいな感じです。そうなると「うつ病」もある種のファッション的な受け入れ方をされます。うつ病は完治したかどうかの判断が客観的にしにくく、本人の申告が一番大きなファクターとなります。投薬を受けても健康保険が効きますので患者にはさほど金銭的な負担はありません。
 「さすが、頭の良い人が集まっている製薬会社だなー」と感心しました。世論が形成されてしまえば、自然に需要が高まります。
 製薬会社の印象は「巨額の資金をかけて、難病に効く薬を開発し、開発が成功すると巨額の利益を得るが成功しない場合も多い」というようなリスキーかつ挑戦的な頭脳集団で倫理観が高い印象です。もちろん、そのような側面は否定できませんが、民間企業ですから利益追求は当然です。同じリソースを使って、より低リスクで儲けられるビジネスがあればもちろんそれをやるべきです。ただし、一定の倫理観は必要です。製薬会社のビジネスは良い面と悪い面があります。倫理観は民族や文化、宗教などのさまざまな要素で左右されるので何とも言えないものです。ただ、一国の世論を形成して顧客を2倍や3倍にすることは巨大企業にしかできません。巨大製薬会社は良いビジネスを考え出したものです。同じビジネス形態は他の疾患にももちろん適用されています。例えば高血圧などです。

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書 と 1-1) 新書 – 2010/8/25

説明
厚生労働省の調べによれば、1999年から2005年までのたった6年間で、うつ病患者は2倍以上に激増。ついに日本は、うつ病患者100万人突破の時代を迎えた。本書は、現役精神科医がその増加の原因を客観的データで読み解いた、他に類を見ない「現代うつ病論」の決定版。

冨高辰一郎
1963年大分県生まれ。九州大学医学部卒。内科研修後、東京女子医大病院精神科にて精神科研修。日本学術振興会在外特別研究員としてカリフォルニア大学サンフランシスコ校にて薬理研究。精神科病院勤務、東京女子医科大学精神科講師を経て、現在パナソニック健康保険組合東京健康管理センターメンタルヘルス科部長。専門は、産業精神医学、精神薬理、性格学、医療情報。



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